最終更新日 2025年7月7日 by tradgard
「この設備、いつ壊れるか分かりますか?」。
現場で働く私たちにとって、これは永遠の問いかもしれません。
しかし、この問いにどう向き合うかで、現場の安全性と安定稼働は大きく変わってきます。
はじめまして。
ビルメンテナンス会社で現場統括マネージャーをしております、黒田剛志と申します。
ビル管理の現場に携わり18年、常に「現場第一主義」を掲げ、数々の設備の“声”に耳を傾けてきました。
この記事は、単なる設備管理のマニュアルではありません。
私の経験や、実際にあったヒヤリハット事例を交えながら、設備トラブルを未然に防ぐための「予兆管理」という視点と、その具体的な行動についてお話しします。
この記事を読み終える頃には、日々の点検業務が、未来のトラブルを防ぐための宝探しのように感じられるはずです。
目次
現場で見逃されがちな「壊れるサイン」
ありがちな「見落とし」の実態
現場ではよくある話ですが、大きなトラブルのほとんどは、事前に何らかのサインを発しています。
しかし、日々の業務に追われる中で、その小さな変化は見過ごされがちです。
「いつもと同じだから大丈夫だろう」。
この「慣れ」や「思い込み」こそが、最も危険な落とし穴なのです。
毎日見ている設備だからこそ、僅かな変化に気づきにくくなる。
これが、見落としが起こる一番の原因と言えるでしょう。
日常点検で気づける“違和感”の正体
では、具体的にどのような点に注意すれば良いのでしょうか。
日常点検で意識すべき“違和感”には、主に五感で感じ取れるものがあります。
- 音の変化 👂:モーター音が高くなる、異音が混じる、普段はしない音がする。
- 振動の変化 🖐️:いつもより振動が大きい、不規則な揺れがある。
- 熱の変化 🔥:モーターや配管が普段より熱い、局所的に熱を持っている。
- 臭いの変化 👃:焦げ臭い、油臭い、カビ臭いなど、普段はない臭いがする。
- 見た目の変化 👀:油漏れ、水漏れ、錆の発生、計器の異常な数値。
これらの変化は、設備が発している悲鳴です。
チェックリストを埋めるだけの作業ではなく、五感を使い「いつもと違うところはないか?」と問いかけながら点検することが、予兆を捉える第一歩となります。
「正常」に見える設備ほど油断は禁物
計器の数値が正常範囲内だからといって、安心はできません。
例えば、あるポンプの圧力が、先月は「5.0」だったのに今月は「5.2」になっている。
どちらも正常範囲内かもしれませんが、この「0.2」の上昇傾向にこそ、トラブルの芽が隠れている可能性があります。
重要なのは、点ではなく線で捉えることです。
過去の記録と比較し、変化のトレンドを読む。
「正常に見える」という状態にこそ、慎重な観察眼が求められるのです。
トラブルはこうして始まる:実例から学ぶ予兆のかたち
黒田氏の経験:停電を招いた見過ごし
今でも忘れられない、若手時代の苦い経験があります。
あるオフィスビルの受変電設備を担当していた時のことです。
日常点検で、ある変圧器から微かな「ジー」という異音が聞こえることに気づきました。
しかし、計器の数値はすべて正常。
先輩に報告したものの、「そのくらいなら大丈夫だろう」という一言で、私はそれ以上の追及をやめてしまいました。
「気のせいかもしれない」と。
その数週間後、私の休日にその変圧器が故障し、一棟すべてを巻き込む大規模な停電事故を引き起こしてしまったのです。
原因は、内部の絶縁劣化。
あのときの異音は、紛れもなく故障へのカウントダウンだったのです。
「あのとき、もっと強く主張していれば…」。
この後悔が、私の予兆管理の原点となっています。
共鳴する現場の声:「あのとき気づいていれば…」
「ポンプから少し水が滲んでいたけど、少量だからと後回しにしたら、深夜にシールが破損して水浸しになった」
「空調の効きが悪いというテナントからの声があったのに、フィルター清掃だけで済ませていたら、コンプレッサーが焼き付いてしまった」
このような話は、残念ながらどの現場でも耳にします。
トラブルを経験した担当者は、皆一様にこう言います。
「そういえば、予兆はあったんだ」と。
後から悔やんでも、失われた信頼や時間は戻ってきません。
調子が良すぎる時こそ危険信号?
これは少し逆説的な話に聞こえるかもしれません。
しかし、長年動いている設備が、急に静かになったり、振動がなくなったりした場合も注意が必要です。
それは、部品の摩耗が進み、逆にガタつきがなくなっている末期症状の可能性も考えられます。
「いつもより調子が良い」と感じたときこそ、「なぜだろう?」と一歩踏み込んで考える癖をつけることが、ベテランの視点と言えるでしょう。
予兆を捉えるために必要な“現場の目”
「音・振動・温度」など感覚を研ぎ澄ます
予兆を捉える基本は、やはり現場での五感による確認です。
点検ハンマーで叩いたときの反響音の違い。
モーターに軽く手を触れたときの振動や温度。
盤を開けたときのオゾン臭や埃っぽさ。
デジタル機器が進化しても、人間の感覚に勝るセンサーはありません。
特に、経験を積んだ技術者の「なんとなくおかしい」という直感は、過去のデータと目の前の事象が無意識のうちに結びついた、高度な分析結果なのです。
その感覚を信じ、言語化し、記録することが重要です。
巡回点検の質を高める3つの工夫
ただ漫然と現場を歩くだけでは、質の高い点検はできません。
私が常に意識している工夫を3つご紹介します。
- 比較する視点を持つ
隣にある同型機と比べる、先週の状態と比べる、正常時の写真と比べる。比較対象があることで、変化は格段に発見しやすくなります。 - あえて立ち止まる時間を作る
設備の前で30秒、ただじっと観察する時間を作ります。音に集中したり、全体の雰囲気を見たりすることで、歩いているだけでは気づかない違和感を捉えることができます。 - 「なぜ?」と自問する癖をつける
「なぜこの配管は熱いのか?」「なぜここに油汚れがあるのか?」と、一つ一つの事象に疑問を持つことで、表面的な確認から一歩踏み込んだ点検が可能になります。
現場で培う“気づく力”とは何か
“気づく力”とは、単なる注意力ではありません。
それは、設備の構造や仕組みに関する「知識」と、日々の点検で得られる「経験」が結びついたときに生まれる、プロフェッショナルなスキルです。
「この音がするのは、ベアリングの摩耗が原因かもしれない」。
「この温度上昇は、フィルターの目詰まりが影響しているな」。
このように、現象と原因を仮説立てできる力こそが、真の“気づく力”なのです。
予兆管理を仕組みにする:属人化から脱却するために
チェックリストだけでは不十分な理由
もちろん、点検チェックリストは重要です。
点検漏れを防ぎ、業務を標準化する上で欠かせません。
しかし、チェックリストはあくまで最低限の確認項目です。
予兆の多くは、リストの項目外にある「いつもとの違い」に現れます。
チェックリストを埋めることが目的化してしまうと、かえって視野が狭くなり、予兆を見逃すリスクを高めてしまうのです。
「チェックリストの向こう側」を意識することが求められます。
情報共有の落とし穴とその防止策
せっかく誰かが予兆に気づいても、それが組織で共有されなければ意味がありません。
「個人の気づき」で終わらせないための仕組みが必要です。
現場でよくある情報共有の落とし穴と、その対策をまとめてみました。
よくある落とし穴 😥 | 対策例 👍 |
---|---|
口頭での報告だけで終わってしまう | 共有ノートや日報に必ず写真付きで記録を残す |
「些細なことだから」と報告をためらう | どんな小さな気づきでも報告を歓迎する文化を作る |
担当者しか知らない情報がある | 定期的なミーティングで各担当の状況を共有する |
報告が一方通行でフィードバックがない | 報告に対して必ず上長や関係者がコメントを返す |
観察・記録・報告をどう連動させるか
予兆管理を機能させるには、「観察」「記録」「報告」のサイクルをスムーズに回すことが不可欠です。
- 観察:五感を使い、いつもとの違いに気づく。
- 記録:いつ、どこで、何が、どうだったかを具体的に記録する(写真や動画が有効)。
- 報告:記録をもとに、関係者へ速やかに情報共有する。
このサイクルが習慣化されることで、個人の「気づき」が組織の「知識」へと昇華され、属人化を防ぐことに繋がります。
教育・組織としての対応がカギを握る
新人・若手への“予兆感知力”の伝え方
新人や若手に「よく見ろ」とだけ言っても、“予兆感知力”は育ちません。
私が社内研修で講師をするときに心がけているのは、「なぜ、そこを見るのか」という背景をセットで教えることです。
例えば、「このモーターの温度を触って確認して」と指示するだけでなく、「このモーターは負荷がかかると温度が上がる傾向があって、過去にこの温度上昇が原因で停止したことがあるんだよ」と、理由や過去の事例を添えて伝えます。
ストーリーとして伝えることで、知識と経験が結びつきやすくなるのです。
トラブルを経験に変える現場教育の工夫
万が一トラブルが発生してしまった場合、その経験をどう次に活かすかが組織の成長を左右します。
犯人探しをして個人を責めるのではなく、「なぜ、その予兆に気づけなかったのか」「どうすれば次は防げるのか」を全員で考えることが重要です。
トラブル報告書を形骸化させず、ヒヤリハット事例として水平展開し、全員が「自分ごと」として捉える。
失敗を許容し、学びの機会に変える文化こそが、最高の現場教育となります。
組織として“予防”を文化にするために
究極的に目指すべきは、「予防」が当たり前の文化として根付いた組織です。
そのためには、「トラブルを未然に防いだ人」がきちんと評価される仕組みが欠かせません。
このような考え方は、現場レベルだけでなく、業界をリードする経営者の視点にも通じるものがあります。
例えば、太平エンジニアリングを率いる後藤悟志 ”信頼の技術”と”誠実な仕事”で社会貢献も、まさに「現場第一主義」を掲げ、安全と信頼を事業の根幹に置いていることで知られています。
「あの人の指摘のおかげで、大きな事故を防げた」。
そんな声が自然と上がり、気づいた人がヒーローになれる現場。
それが、全員の予兆感知力を高め、組織全体の安全レベルを向上させる最も確実な方法だと、私は信じています。
まとめ
今回は、設備の故障予兆を見逃さないための視点について、私の経験を交えながらお話ししました。
最後に、重要なポイントを振り返ります。
- 設備トラブルの多くは、音・振動・熱などの「予兆」を事前に発している。
- 点検は五感を使い、「いつもとの違い」に気づくことが最も重要。
- 個人の気づきを組織の知識に変える「記録・共有」の仕組みが属人化を防ぐ。
- トラブルを学びの機会に変え、「予防した人」が評価される文化が組織を強くする。
設備は、単なる機械の塊ではありません。
日々の稼働状況によってコンディションが変わる「生き物」です。
その声なき声に耳を傾け、対話する。
それが、私たちビル管理のプロフェッショナルに求められる姿勢ではないでしょうか。
あなたの現場でも、「気づいた人」が報われる、そんな素晴らしいチームが作られることを心から願っています。